プロジェクト事例

将棋電王手プロジェクト(将棋駒位置認識システム[電王手くん])

「将棋電王戦」で確かなパフォーマンスを示したロボットアーム
画像処理とアーム制御の開発でチームデンソーの一翼を担う

プロ棋士とコンピュータ将棋のプログラムが戦う非公式棋戦の「将棋電王戦」は、人間対コンピュータが知力を争う戦いとして大きな話題を呼びました。その模様はライブでインターネット配信され、数多くの人々が将棋盤を挟んでプロ棋士と対局するロボットアーム「電王手」の姿を目にしました。この「電王手」を開発したのは大手自動車部品メーカーのデンソー社を中心に組織されたチームデンソーで、松浦電弘社はその一員として画像処理とアーム制御の開発、メンテナンスを担当しました。話題のプロジェクトの指揮を執った北野常務に話をお聞きします。

 

 

人間 VS コンピュータの模様を眼前にした
松浦電弘社のシステム開発

ーー「電王手」はプロ棋士と対峙するロボットアームですが、松浦電弘社がその開発を担うことになった経緯を教えてください。

北野

元々「将棋電王戦」というコンピュータ将棋のプログラムとプロ棋士の強さを競う対局がありました。有名なボナンザほかのプログラム同士がトーナメント形式で戦って一番強いプログラムを決め、そのトップになったプログラムがプロ棋士と対戦するというものです。ただ、それまではプログラム(コンピュータ)が導き出した手を代棋士という人が代わりに打っていたのです。これでは放送を見ていた人からすると、普段の人間同士の対局と何ら変わりません。そこで、コンピュータが考えているのだからもっと相応しい見せ方があるのではないかという話が持ち上がりました。すると、たまたま将棋連盟の会長とデンソー社の会長が顔見知りだったのでデンソー社に話が持ち込まれ、チームデンソーが発足して開発が始まったという訳です。

——考えるコンピュータと指すコンピュータが別々にあったようですが、連携はされているのですね。

北野

連携はしています。普通の将棋ソフトのように考える役目のコンピュータと、そのコンピュータが導き出した結果を判断し、ロボットを制御して実際に将棋盤に指すコンピュータがあるということですね。当社が開発を担当したのは、ロボットが実際の盤上の駒の配置を認識するとともに、駒を指すことを制御する一体システムです。

——結果的に「将棋電王戦」では、いくつロボットを開発したのでしょう。

北野
「将棋電王戦」は1回に4~5局あって、最初はそれが済んだら終わりという1年だけの話だったのです。ところが、大きな反響を呼んだこともあって実際には3~4年に渡って開発は続きました。それに合わせて「電王手」は電王手くん、電王手さん、電王手一二さん、と三世代が誕生することになり、現在のものは当初1本だったアームが2本になった双腕になっていますね。

——双腕にしたのはなぜですか?

北野
例えば「歩」の駒を成金にして指す時は駒を持ち替える必要があるので、それをスムーズに動作させるためです。

——開発の時間はどれくらいだったのでしょうか?

北野
開発の話が持ち込まれたのが12月の暮れで、実際の第1局は4月と正味2~3ヶ月しか開発期間はありませんでした。当然ながら、要望を聞いた後に構想を練り、それから開発をしていかなければいけないので、最初は時間がなくて大変でした。

——開発を始めるにあたっては以前の技術を応用して対応したのですか、白紙の状態から対応したのですか?

北野
開発の基本は白紙ですね。当社の場合、元々世の中にない一品ものを作っているので、その延長線上で白紙の状態から始めました。もちろん、技術の蓄積をベースにしてですが。

——それで3~4か月で開発できたのですか?

北野
当社の場合、多くの案件はそれぐらいの期間で開発しています。

コンマ何ミリの制御に立ちはだかるプロ棋士仕様の駒と盤

北野
ロボットアームで将棋の駒をつかむことは初めてでしたけど、もっと細かい部品等をつかむロボットを開発していたので対応はスムーズにできました。デンソー社にしても、「(松浦電弘社のこれまでの実績から)駒をつかむこともできますよね」、という判断から当社に話を持ち掛けたのだと思います。

——やはりこれまでに培ってきた技術や経験というものがあって、デンソー社が松浦電弘社の確かな実績を信頼しているということですね。

北野
そうだと思います。ただ、実際に開発をして大変だったのは「将棋電王戦」で使われる将棋の駒や盤が、プロ棋士が使うプロ仕様だったことですね。大量生産されるプラスチックに印刷した駒やペラペラの厚紙の将棋盤ではないのです。駒は手彫りで、同じに見えても一つひとつ形も重さも違ってきます。そうなると画像処理をかけるとやはり各々の形が違っていることを精密に認識するので、その調整がポイントになりました。

——対局では、どの駒を使うかの判断やこれまでに置いた場所、今から指す場所等、盤面の状況は全て把握しているのですか?

北野
ある程度のパターンを登録して対処しています。さらに画像認識でこれは「歩」、これは「金」、そして「(選択は)間違いない」といった手順で判断をしています。一方で、プロ用の将棋盤への対応も一筋縄ではいきませんでした。盤面が平らではないのです。木でできているので環境によっては微妙に反ったりします。

——人の目からみれば将棋盤は平らに見えますが、画像認識では平らではないと。

北野
微妙に真ん中が盛り上がったりして。それは人が指すぶんには全く影響はないのですけど・・・

——コンピュータに認識させるには不具合が出てくる。

北野
はい。それに我々としては駒を置くにしてもギリギリを狙いたいのです。コンマ2ミリぐらいすき間をあけて駒を離す。でも、盤面が反っていたりすると、コンマ2ミリの設定だと盤面に当たってしまうことになるのです。駒を指すにしても、指す場所に「ポトリ」と落としても興ざめですし、ぐっと圧し込んでもだめですし。

——観戦者は何気なく見ているものの、その裏では、一つひとつ形状が違う手彫りの駒や将棋盤の反り具合にビビッドに反応するコンピュータを制御しているということですね。

 

ロボットアームのすぐ前に人がいる。安全確保は最大の責務

 

——そのようなプロ棋士と向き合う環境の中で苦労したことはありますか?

北野
最も重要なことは盤の向こう側、アームが届くところに対局者の人がいることです。当時のロボットは、柵で囲んだ中にロボットを設置して動かし、人は離れたところで作業をします。ですので、本当はロボットを柵から出してはダメなのです。さらにエリアセンサーを設けて、手が入るなどしてセンサーが反応したら必ず止まるという安全装置を備える必要があります。

——ロボットも機械なので、何かの拍子でアームが伸びると目の前の対局者に当たってしまうという危険への対応ですね。

北野

そうです。もちろんエリアセンサーを設けてあるのですが、対局者は人なので考えている時の体の動きは、時にエリアセンサー内に入ったり出たりすることがあります。産業機械の場合、作動している途中で動力を切ったり入れたりするようなことは基本的にはありません。今回のケースでは、そういった人の細かな体の動きに合わせた設定を施すと、思わぬところでロボットの動作が止まったりして苦労しました。従来の産業機械と人とでは、非常停止に関する概念が大きく違うことへの対応が難しかったですね。

——「将棋電王戦」でのロボットの運用やメンテナンスの状況はいかがでしたか?

北野
問題はありませんでしたが、ニコニコ動画の生放送があったので緊張しましたね。絶対に失敗はできませんから。ですから、仮に不具合が生じても周囲に分からないようにリカバリーしなければいけません。ちょっと待って、ちょっとCMの間に、というわけにはいかないのです。止まった場合を想定して裏でフォローする体制を整えるとか、実際の運用面ではいろいろと気を遣いましたね。

ロボットが通常の限られた場所から公の場に。
室内環境への対応に苦心

——「将棋電王戦」の対局を通じて新たに得られたものはありますか?

北野
「電王手」の開発は、画像処理をして制御する元々ある技術でした。ただ、「将棋電王戦」は対局場所が姫路城、二条城、あべのハルカス、国技館といった具合いに毎回違うので、温度や湿度といった環境の違いに応じたセンサー調整が求められました。普通の産業機械は一度設置されると機械が置かれた環境は同じですけど、「電王手」は毎回の対局場所が違うので、どのような条件下でも同じパフォーマンスを維持させなければいけません。ロボットが置かれる環境の違いへの対応は良い経験になりました。

——環境に合わせてロボットを動作させていたのですね。

北野
その意味では、環境変化の対応に強いシステムができたと言えます。通常は同じ環境のもとで固定されたロボットに安定した精度を求めますが、我々はそういった条件を外しても高い精度のものを提供できるということです。さらに、対局シリーズ中は時間がなかったことも苦労しました。5回の対局は場所を移しながら毎週行われるので、何か不具合があった時の対応を次の対局が始まるまでの2~3日で済まさなければならないのです。スタッフの中には体調を崩す人もいましたけど、やり遂げた満足感はひとしおでした。

——一連の「電王手」の取り組みがもたらしたものはありますか?

北野
画像処理部分を中心にチームデンソーのメンバーとして携わった事実、実績は大きいと思います。やはり、知名度が上がったことがプラスには働いています。その後に受注した新しい案件では、普段は入れない世界最高性能を誇る大型施設の内部に入ることができるなど、貴重な経験につながっています。

——「電王手」を成功裏に終え、技術者としてアピールしたいことは何ですか。

北野

当社はこれまでに食品や医療・薬業、繊維、自動車など様々な分野を手掛けてきています。それらは大きな機械もあれば小さな機械もあり、用途も製造ラインに組み込まれるものだったり、研究開発に使われるものだったりと千差万別です。そこに今回「将棋電王戦」という新たな実績が加わりました。いろんなことをやってきたこれらの経験の一つひとつが当社の開発のベースになるので、これからどんな要請がきても対応できるという自信はありますね。

——結局、豊富な実績に裏付けられた松浦電弘社が持つ総合力が、今回の「将棋電王戦」への参加に至り、結果を残したことがよく分かりました。ありがとうございました。